あの頃はあの頃だ - kei

2020/08/10 (Mon) 11:11:28

「入るぞ」
一応、ノックはした。だが返事は待たなかった。でも入るぞと一応、一応、確認はした。
･･･いかん、タイミングがまずかったか？　と、めずらしく反省してアスラン・ザラは部屋の入口でもって固まった。
イザークの部屋･･･と言うか、物置であるその一室。
普段は近づかない場所だがなかなかに興味をそそるものもあるからイザークが中にいる時を見計らって物色することもあるのだが･･･しかし。
･･･しかし、今日はあまりにタイミングが悪かった。
固まったアスランを忌々し気に見返すイザークは
「･･･そういう顔はやめろ」
一気に不機嫌。
その、不機嫌なイザーク。
今日は休暇中で、いつも通りに朝食を作ってみんなで食べて、それから･･･ほんの２時間ほどしか経っていないのに、どうしてこいつはここでこんな･･･こんな･･･こんなことを？！
重々しい溜息をついて、イザークはアスランから視線を外して己の体を･･･正確には、身に着けたそれを見下ろす。
そんなに変だろうか？

赤の軍服。
ザフトの赤。

かつて共にあった頃、同じコレを身に着けて実戦の中でいろんなことを学び取って来た。
人を殺すたび
町を焼き
ＭＳを破壊しながら
勝ち取り奪い、奪われ、失い、喪った。
あの頃、共にあった友は今は亡く。
「･･･いや、その･･･」
つかの間の回想をためらいがちな声が静かに止めた。
「その･･･今日はお前の誕生日だし･･･俺もさ、応えるのはやぶさかじゃないんだけどさ･･･」
なにやら言いにくそうに、･･･いや、照れているのか？
うっすらと頬を染めてアスランがもじもじ、言った。
「でも、今になってお前のそういう性癖を知ることになるとは」
「神聖な軍服をなんだと思っとるかキシャマはーっっっ！！！！」

はい。お約束の展開。

「少し片付けでもしようかと思ったら出てきたから･･･！　その･･･ちょっと腕を通してみただけだ！　なんの勘違いをしとるんだ！」
怒鳴りつつ、イザークの口調には照れが滲んでいるような･･･気のせいだろうか。
「なんだ、･･･それも、この部屋にあったんだな」
「･･･まぁ、もう必要のない物だしな」
状況を把握したアスランの様子にイザークも一息。
改めて赤い軍服を見下ろす。
「･･･小さいな」
言われて
「･･････ああ。窮屈に、なった」
答える。
袖は短い。丈も。
ファスナーは閉まらない。首元はきつい。
小さくなった･･･いや、己が変わったのだ。
否応なしに人は年を取る。
体は変化し、精神も同じく移り行く。

本物の大地も海も空もないこんな場所でも、人はちゃんと自然の営みと同化して衰えて行く。

あの頃の、あの頃に居た今は亡い彼らはきっと、あの頃のまま。
もはや万物の道理とは異なる場所で、きっとずっとあの頃のまま。

イザークの沈黙をどう取ったのか、アスランも何も言わない。そして入口に立ったままかつてのイザーク・ジュールを見つめる。
かつて。
仲間であり、敵であった頃の彼。

「あー！！　たいちょー赤いの着てるー！！」
足元から上がった驚き声に、アスランは曖昧な回顧から今に引き戻される。
子わんこシンはそれと同じ赤い目をクリクリさせてすぐ、てててーっと彼の方へ駆けていって、へー、へーと感心したような声を上げながら珍しそうにイザークを見上げる。
「たいちょー、なんで赤いんだよ！」
「･･･昔は俺もレッドだったのだ」
「俺とおそろい？」
「･････････まぁ、そうだな･････････」
シンは確かにザフトレッド。そしてザフトのエースパイロット。･･･なのだが、同じと認めたくない･･･なぁと･･･うん、この葛藤は止む無しではないか？
･･･未だドアのところに突っ立って、面白そうにこっちを見ているアスランの楽しそうな顔がむかつく。
「･･････ふ～ん･･････」
シン、ちょっと考えて、それから、
によっ！
ってなんだか得意そうな･･･いや、はっは～ん。わかっちゃったよ！　みたいなお顔になって、
「たいちょう、おそろいにしたいんでしょ～？」
「･･･は？」
「俺とレイとルニャと、おそろいがいいんでしょ～」
「なんでそうなる！」
ねー、たいちょう、さびしがりさんだよ！
等と生意気にアスランに告げ口して、それからまた怒鳴ってやろうと構えているイザークを見上げ、
「でもさ！　たいちょーはやっぱし、白いほうがかっちょいいよな！」

あの頃の、今はいない者。ないもの。

それは、この赤を着ていた自分で、あの頃確かにあった焦燥と欺瞞と罪悪感と自己嫌悪の･･････

イザークは小さくなった軍服を脱いだ。
それを見てなんでか満足そうにシンはうんうん頷く。
アスランと目が合った。
互いに、薄く笑っていた。

少し、照れた顔して。







遅くなってすまん、隊長！！